マルチクラウドのROI:価値と効率を最大化するためには? – Model Slux


私たちはマルチクラウド時代に生きています。HostingAdvice.com が実施した最新の IT リーダー調査によれば、回答者の 89% が「自社のシステムを単一のクラウドプロバイダーに依存すべきではない」と述べています。そのため、多くの企業は Azure、AWS、Google などのハイパースケールプロバイダーに加え、より小規模なプロバイダーのクラウドサービスも活用しています。しかし、それですべてが順調というわけではありません。実際、73% が「セキュリティの複雑さ」に苦労し、45% が「ベンダーロックイン」を懸念しています。

さらに背後には別の問題が控えています。マルチクラウドへの支出が本当に成果を上げているか、どうやって確認すればよいのでしょうか。マルチクラウドの ROI はどの程度で、どうすれば改善できるのでしょうか。その答えを得るために、経営幹部やクラウドの専門家に取材し、彼らが使うツールやノウハウを聞きました。


マルチクラウドがもたらす効果

マルチクラウドアーキテクチャはレジリエンス(可用性)を高め、これが ROI を生む最もわかりやすい方法の一つです。Chronosphere のフィールド CTO、ビル・ハインライン氏は次のように述べます。

「誰も声高に言いたがりませんが、大規模なクラウド障害は実際に起こります。障害が発生した際、1 つのプロバイダーでゾーンを 10 個持っていても意味がありません。そこでマルチクラウドが真価を発揮します」

1 分当たりのダウンタイムコストが高額な組織にとって、プロバイダー間でフェイルオーバーできることは財務面・評判面の両方で救いとなります。

とはいえ、クラウド各社は単なる同質のストレージやコンピュートクラスターではありません。マルチクラウド構成により、用途に最適なツールを選択できます。Baseten のマーケティング責任者、マイク・ビロドー氏はこう語ります。

「各クラウドには得意なワークロードがあります。自社ビジネスや構築中のプロダクトによっては、クラウドを製品ごとに使い分けるのが理にかないます」

ハインライン氏も同意します。

「分析は GCP(Google Cloud Platform)で実行し、コアワークロードは AWS に置く、という例もあります」

JLEE & Associates の CEO、ジミー・リー氏は次のように補足します。

「あるクラウドはストレージコストが低く、別のクラウドはコンピュートや AI トランザクションの価格が優れている場合があります。適切に導入すれば、これらのメリットが大幅なコスト削減につながります」

パフォーマンスもマルチクラウドが輝く領域です。ビロドー氏は、クラウド各リージョンにワークロードを配置してエンドユーザーに近づければ、レイテンシが低減し応答性が向上すると述べます。

「Amazon の古典的な統計によると、レイテンシが 100 ミリ秒増えるごとに売上が 1% 減少します。マルチクラウドでワークロードを顧客に近づければ、この問題に対処できます」

レバレッジはアーキテクチャにとどまりません。AI を多用する環境では推論コストがクラウド支出を支配しかねません。Baseten の CTO、アミール・ハギハット氏は次のように語ります。

「大企業の多くで、推論コストが他のクラウド費用を桁違いに上回るのを目の当たりにしてきました。マルチクラウドは契約交渉で無視できないレバレッジを提供します」

また、GPU など希少なリソースへのアクセスも向上します。

「最新ハードウェアへの需要が非常に高く、B200 などを確保するのは難しい状況です。マルチクラウドなら、GPU が利用可能な場所で価格/性能比の良いものを柔軟に活用できます」(ハギハット氏)

さらに、マルチクラウドはパブリッククラウドとプライベートクラウド間でワークロードを分割し、運用コスト構造を微調整する柔軟性を企業にもたらします。Rimini Road のグローバル CIO、ジョー・ロカンドロ氏は次の事例を挙げます。

「エネルギーグリッド向けに大規模予測モデルを運用しており、膨大な計算能力が必要でした。高度なクラウドに移行した結果、シミュレーション時間が 12 時間から 2 時間に短縮され、月間シミュレーション回数が 300% 増加しました」


マルチクラウドの欠点

これらのメリットは IT リーダーにとって魅力的に聞こえますが、ROI を実際に得られるかは“実行”に左右され、理想的な成果は得難いのが現実です。多くの組織は、マルチクラウドが摩擦・冗長性・収益逓減を招く側面もあると実感しています。

EasyAudit.ai の CEO、クリスチャン・クーリー氏は次のように指摘します。

「チームが半分の時間をコンテキストスイッチに費やすなら、『柔軟性』は神話です。エンジニアが二つのクラウドコンソール、二つの IAM、二つのドキュメントを切り替え続けた結果、生産性は低下しました」

マルチクラウド戦略の柱とされるワークロードポータビリティも期待どおりには機能しません。YL Ventures のパートナーで元 Akamai CSO のアンディ・エリス氏はこう語ります。

「『必要に応じてアプリをクラウド間で移動できる』というのは自己欺瞞です。実際はまったく逆で、アプリはプロバイダー固有サービスに緊密に統合されています」

この強い結合はポータビリティを制限するだけでなく、交渉力も弱めます。

「既存アプリを簡単に移動できると脅すレバレッジは実際にはありません。クラウド移行プロジェクトは、かつてのデータセンター移行より高コストになり得ます」(エリス氏)


マルチクラウドの ROI を正当化すべき理由

本質的な問いは「マルチクラウドで節約できるか」ではなく、「費用に見合う価値があるか」です。Forrester のアナリスト、トレーシー・ウー氏は次のように述べます。

「単にコスト削減のためにクラウドへワークロードを移行しないのは誰もが理解しています。では、その価値はあるのか? それがコスト管理を超える議論につながります」

多くの企業は長期計画としてではなく、「他社もやっているから」という理由でマルチクラウドを選んだと同氏は指摘します。

スケール途上の企業にとって、マルチクラウドはまだ関係ないかもしれません。

「レイテンシ問題は一定規模に達するまで気付かれないのが一般的です。ほとんどの企業は導入期からマルチクラウドに投資しません。それよりプロダクト普及が優先だからです」(ビロドー氏)

しかし、トラフィックや性能要求、顧客需要が閾値を超えると、マルチクラウドへの圧力は高まります。問題は、その成長が計画的な展開にはならず、チームが慣れたツールを選ぶことで複雑化する点です。

「我々はマルチクラウドを望んでいませんでした。チームが慣れたものを選び、デブは GCP、Ops は AWS、さらにリーガル部門が特定の案件でプライベートクラウドを要求した結果、ベンダー地獄に陥りました」(クーリー氏)

M&A(合併・買収)による環境の継承や、パートナー契約による割引率のためにクラウドが増えるケースもあります(エリス氏)。また、インフラソフトウェアを販売するベンダーの場合、顧客のクラウド嗜好が選択を左右します。

「ある顧客企業が AWS ショップまたは GCP ショップであれば、そのクラウドで動かなければ商談が失敗することもあります」(ビロドー氏)

結果として、一つひとつの判断が積み重なり、統合的な計画を欠いたアーキテクチャが生まれがちです。JLEE & Associates のリー氏は、

「クライアントが多数のクラウドサービスを利用している例をよく見かけますが、多くは数年先を見据えた包括的戦略なしに選ばれたものです」
と述べています。

この複雑さを乗り切るには、商業的視点を持つ IT リーダーの出番です。

「IT 部門は技術とリスクの観点でクラウドを見る傾向がありますが、コストを正しく理解するには指標・監視・意識づけを CIO が主導する必要があります」(ロカンドロ氏)


マルチクラウド ROI を高めるためのヒント:戦略・体制・スキル

マルチクラウドで有意義なリターンを得るには、意図的な活用が不可欠です。アカウントを複数持っているだけでは効果は現れません。

「適切に実装しなければ、マルチクラウドのプロダクトコストは制御不能に膨れ上がります」(リー氏)

ロカンドロ氏も、多くの組織で管理・監視・人材育成を含むマルチクラウドの総所有コスト(TCO)が「当初の想定やベンダーの約束を大きく上回っている」と指摘します。

1. 本当に必要なクラウドだけを使う

Pluralsight のチーフクラウドストラテジスト、ドリュー・ファーメント氏:

「マルチクラウドをステータスシンボルではなく戦略として捉えるべきです。『クラウドの数』ではなく『適切な理由で適切なクラウド』が大事です」

EasyAudit.ai では「各クラウドが本番でどんな価値を生むか」を洗い出し、コアサービスやコンプライアンス要件を満たさないものは削減しました。

2. コスト管理と可観測性を一体化する

Chronosphere のハインライン氏:

「コストを単なる費目ではなくガバナンスの一部に、可観測性も同様に第一級の要素に据えたチームが成功します。タグ付けの厳格化、明確なオーナーシップ、計測の意図が不可欠です」

3. アーキテクチャを見直して非効率を排除

エリス氏は、同一プロバイダー内の重複アカウントを統合するなど基本的な衛生管理が「ボリューム購入による価格メリット」を生むと指摘します。ロカンドロ氏は「テスト/開発環境を使い終わったら必ず停止する」など、単純な習慣が浪費削減につながると述べます。

4. 測るべきは生産性と成果

「マルチクラウド投資は、より速いデプロイや顧客価値の向上といった意味のある生産性向上で測定すべきです。それがないなら、クラウド請求書に余計な名前を付けただけです」(ファーメント氏)

5. チームをアップスキルし、最適な道筋を示す

「柔軟性が高速な提供に変わるのは、人材がクラウド間の違いを乗りこなせるよう訓練された場合だけです」(ファーメント氏)

エリス氏は、「開発者は摩擦の少ない道を選ぶ傾向があるため、最もコストを節約できるプラットフォームを採用しやすい仕組みを用意するほど組織は得をする」と述べます。


マルチクラウドの複雑性には賢明な展開が不可欠

かつてマルチクラウドは技術的アップグレードあるいは洗練の証しと見なされていましたが、いまやクラウドアーキテクチャをビジネス成果につなげる戦略的な視点が求められています。この進化は IT の役割変化と並行して進んでいます。

Forrester のトレーシー・ウー氏:

「IT はかつて単に PC とアプリを提供する部門でしたが、現在はビジネス変革を支える基盤になっています。だからこそ『マルチクラウドの ROI は何か』という問いが重みを増しています」

チェックボックス的にマルチクラウドを導入し、構造なく拡散させれば ROI は「ほとんど得られない」かもしれません。しかし、クラウドアーキテクチャをビジネス優先度・コスト規律・パフォーマンス目標・チーム能力と整合させる組織にとって、マルチクラウドは長期的な俊敏性とレジリエンスの基盤となり、初期投資を上回るリターンをもたらします。


マルチクラウドコストを追跡するツール

専門家が日々のマルチクラウド支出を把握するために推奨するツール(およびその他のヒント)

ジミー・リー氏

  • 主要 4 クラウドプロバイダーのネイティブツール、チーム、パートナーネットワークに勝るものはほとんどありません。
  • CloudZero、Apptio、Vantage、Harness、Densify などのサードパーティツールが有望です。
  • 重要なのは IaC(Infrastructure as Code)と CI/CD を透明かつ最適に設計・運用し、変更ごとにコードレビューを行い、なぜ・いつ変更が必要かを議論し、中規模以上の変更にはコスト削減や ROI 目標を設定することです。

アンディ・エリス氏

  • まずは AWS Value Explorer、Azure Value Administration、Google Cloud Value Administration など主要プラットフォームのコスト管理/分析ツールを活用しましょう。
  • これで足りなくなったら、本格的にマルチクラウドツールを検討します。CloudZero、Apptio Cloudability、Kubecost などが入り口になりますが、多数の競合製品が存在します。FinOps プラットフォームとの統合が最大の価値になることもあります。
  • コスト削減とセキュリティを組み合わせることも可能です。クラウドネイティブアプリ保護プラットフォーム(CNAPP:Orca や Wiz など)はクラウドコスト最適化機能を備え、未使用サービスを特定・廃止することでリスクと費用を同時に削減し、運用チームが把握すべき項目数も減らします。

ドリュー・ファーメント氏

  • ツール購入前に、容赦ないタグ付け、厳格なガバナンス、エンジニアリングチームへの財務責任付与を徹底しましょう。責任者がいなければ皆が過剰支出します。
  • ネイティブツール(AWS Value Explorer、GCP Billing Reviews、Azure Value Administration)は堅実な出発点です。
  • CloudHealth や Apptio のような優れたコストツールは、請求額だけでなく「請求の理由」を示してくれます。Stacklet のようにポリシーをパイプラインに組み込み、そもそも高コストなミスを防止するツールはゲームチェンジャーです。
  • 最良のツールでも、人々がクラウドコストを自身の成功指標と見なさなければ意味がありません。本当の可視性は、チーム全体がツールを使いこなす訓練を受けたときに生まれます(財務部門だけでなく)。

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